医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

5月1日~5月10日掲載
仕事は条件のみで選ぶのか

 4月23日付け読売新聞が、最近の就職事情の変化を取り上げていた。「いまどき男が選ぶのは女に優しい会社」と題し、男子学生が就職先を選ぶときのチェック項目として、育児休暇のとりやすさや女性社員の割合を見る傾向がある、との紹介記事であった。女性にとって働きやすい職場は、誰にとっても働きやすい職場であると考えているのでしょうとコメントするのは、男子学生の読者が増えている女子学生向けの就職情報誌の編集部である。当の男子学生へのインタビューでは、女性への処遇を重視することは「女性社員に対する姿勢は、社員を大事にするかどうかの象徴的問題」、「その会社がどれだけ男女平等であるかの指標になる」からなのだとのこと。いかにも世間知らずの理屈好きらしいお答えである。気になる(気に入らない)ことは主にふたつ。

 女性にとって結婚や出産は大切な「人生の一部」だから、仕事を持っている女性は両立させようとそれぞれ懸命に努力する。圧倒的な男性社会のなかで、これまでのキャリアや経験を生かしたい気持ちと育児をおろそかにしたくない感情とで常に揺れ動いている。一方企業は、妊娠したり子供のいる女性のために存在するわけではない。大・中・零細問わず健全な企業なら、すべての社員とその家族を大事にしたいと思いつつも、現実は企業としての本来の役割を果たす義務を背負っており、すべての者が満足するような職場環境を作り上げるのは甚だ難しい状態にある。どんな制度ができようと、女性の持つ性と企業の持つ社会的役割のバランスを保つことは困難である。育児休暇といいながらも、出産後に職場復帰しない女性が多いという話はよくある。おそらく最初にその気持ちはあったにしろ、いざ出産してみると、仕事との両立の困難さや我が子への愛おしさゆえに職場復帰に踏み込めない心情が先走るのだろう。それは、企業からしてみれば一種の裏切りだが、母性の観点からいえば理解可能な現実である。企業は、女性の性とどう折り合いをつけていけばいいのか戸惑いを抱いている。コトが起こるとすぐに「男女不平等」「女性差別」と攻撃を受けるものの、真に平等に扱えば「思いやりがない」「セクハラ」などとも言われかねない。もし企業が、女性の処遇についていまだ遅れているといわれるのなら、その原因は企業の意識もさることながら、それだけでは片付けられない事情がたくさんあるのに、まず育児休暇の有無や女性社員の比率などで就職先を選択しようとする短絡さにあきれてしまう。

 気に入らないふたつめは、仕事に対する気持ちの問題。いったい、自分の働く先を、一定の条件で決めようという姿勢のどこに「仕事への情熱」が存在するのだろうか。仕事を選ぶときには、自分の適性もさることながら、どういう仕事をしていきたいのか、社会人として何をしていくことがいいのかという、いわば「希望」や「夢」や「大人としての責任感」、または「自分への期待」「可能性」などの熱い思いがあるのが本当ではないだろうか。「愛社精神」や「仕事への愛情」といった類のものを一切切り捨て、デフレの時代に人件費をやたらに引き上げているのが人材派遣会社である。以前、大手人材派遣会社社長が「企業は人材の囲い込みをしている」と述べる記事を読んだが、その言葉はそっくりそのまま人材派遣会社にこそ当てはまる。一見「自由」とか「選択」というイメージを漂わせることに成功した人材派遣会社だが、受け入れる企業からしてみれば、やはり一時的に人手を提供してもらう仲介屋の域を出ていない。しかし条件でのみ選ぶのなら、人材派遣会社への登録が最適である。面接でまず「育児休暇はありますか」と問うような男子学生は、その選択肢として人材派遣会社も念頭にいれたらどうだろう。健康で仕事を持っているということは素晴らしい「贅沢」なのだ。しかも、若くて読み書きができるのであれば仕事を「選ぶ」こともできる。この国の豊かさの象徴であるが、その自覚ができないというのは何とも情けない。いったいこれまで何を学んできたのだろう。先日、厳しい韓国の海兵隊に日本の男子学生を入隊させようとの企画をTV のバラエティーで見た。その企画自体、いっそバラエティーではなく、高校・大学卒業時の義務として正式に導入したらどうかと本気で考えてしまうのであった。

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