医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

3月18日~4月7日掲載
乱立する「電話健康相談」事業に疑問

 「カウンセリング」の言葉が耳慣れて久しいが、向き合って自分の心の内を他人にさらけ出す類のカウンセリング手法が、日本人にはそぐわないのも事実である。カウンセリングの文字が頻繁に現れるようになったのは、エイズという病気の出現以来だろうか。他の疾患と異なり、ある意味センセーショナルな登場の仕方、複雑な社会背景を持っていたこの病気は、なかば意識的にナイーブな取り扱いを受け続け、かえってそれが余計な差別や偏見を生み出したとの指摘もあるほどだ。その際に、カウンセリング、つまりメンタル面を重視した相談システムの必要性がしきりに叫ばれた。どんな病気であっても精神面のフォローは必要であるにもかかわらず、あたかもエイズ患者や感染者にのみそれが求められているかのような論調が繰り広げられ、俄かにその必要性がクローズアップされた。

 しかし、多くの日本人に共通した認識として、カウンセリングが精神科領域から出発したことによる抵抗や、他人に心の内面をさらけ出すことへの恥意識が壁となり、カウンセリングの概念や必要性はいまひとつ浸透していない。その一方で、電話による相談は、匿名性が守られ顔が見えない点が尊重され、特にエイズの電話相談は確かに国民に「ウケた」のである。その頃から、エイズにかかわらず健康に関する電話相談の案内をあちこちで目にするようになった。過剰なほどの健康ブームを背景に、電話という気軽な媒体を活用した相談事業は、いまだ対面式のカウンセリングが定着しない現状において、従業員の福利厚生や顧客サービスの一環として様々な分野で展開されつつある。電話による健康相談は、治療を目的とした精神科領域のカウンセリングと違って情報提供の側面も強いものの、現在の医療では満足できない人々の受け皿でもあり、病院や医療従事者への不満をさらけ出せる場でもあり、もちろん健康教育や治療の選択を求める人々のサポート役をも担っている。心理学を重要視するカウンセリングを行う者にとっては、電話相談はカウンセリングではないとの指摘もある。しかし「健康」をキーワードにした電話相談事業は、その受け手が医師や看護婦などの資格があればいいものでもない点や電話のかけ手に主導権がある点で、従来の対面式相談分野とは全く異なった技術や知識や技量、人間性が求められるものである。とかく対面式相談を上位に、電話相談を下位に置く傾向もあるが、そのような単純な図式では片付かないことを念頭に置かねばならない。最近、大手企業が医療や介護分野に進出する動きが目立っている。保険会社や電気産業会社などが共同で新会社を設立し、その中で保険契約者に対して24時間の電話相談を行う計画もその一環だろう。サービス精神が不足する医療介護分野において、結果的にいい意味での市場原理が働くことには賛成する。しかしここで一言。健康電話相談は現代人にとって必要なシステムである。しかし魅力ある市場かといえばかならずしもそうではない。

 第一に、それほどの相談が常にあるわけではない、ということがある。まずは、絶えず健康相談が寄せられるような不自然な状況は存在しない事実を最初に認識しておかねばならないだろう。

 第二に、「健康相談」も医療行為である、ということ。身体や心の異常を訴える声に対し、何らかの示唆をする行為は単なる情報提供とは明らかに違う。健康の相談を受けるときにはそれなりの医療体制を整えなければ「違法」となる可能性があることを知っておく必要がある。

 第三に、相談を受ける者の教育や育成を怠ってはならない、ということ。多くの人は医師が相談に乗ると聞き安心してしまうが、医師は相談者としては最も不適格な資格者である。医師だけでなくほとんどの医療従事者は患者に対し「指示」「指導」「教育」するのを仕事としてきた。患者や相談者の身になって、などという観点は持ちにくい体質を持っている。しかし、「相談」を受けるのであれば、まず人の話をじっくり聴くなどのそれなりのトレーニングが絶対不可欠である。電話相談を甘くみてはいけない。近頃は電子メールによる相談を手がけているところもあるが、相談とは、人と人とのコミュニケーションを基本とし、言葉の抑揚や会話の「間」すべてが相手の悩みの深さや訴えであるという認識に立つのなら、メールという文字のやりとりによるものは、健康相談の場合単なる健康情報提供の枠を出ないものが多い。また、一般企業の電話相談事業はとかく相談事項を項目として分類したがる傾向も強い。たとえば「メンタル」「がん」「性」「介護」などというように。もちろん便宜上の分類は必要だが、電話相談の現場からいえば相談内容の「入り口」は色々あっても、結局はすべてが「人生相談」である。例えば、長年糖尿病を患うおばあさんが、「嫁はみかんひとつ食べさせてはくれん。あの嫁は鬼じゃ」と電話口でしみじみ泣く。あるいは、「検査をしたことも夫は私に黙っている。そんなに私が信用できないのでしょうか」と戸惑う妻がある。これを単に糖尿病の相談とか検査の相談などと分類できるものだろうか?繰り返しになるが、相談というものは、すべてが人生相談に通じる。ますは真摯な態度で臨む気持ちこそが重要な分野だ。安易に相談体制を組み、相談一件あたり幾らとの考え方で予算を立て評価をする、画一化していこうとするそのような行為は、事業展開の必要事項として紙面上にあったとしても決して全てではない。サービス精神を医療や介護分野に浸透させるためには、参入する企業にとっても新たな学習や倫理の見直しが必要であることを肝に銘じて欲しいと思う。

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