医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

11月27日~12月11日掲載
「産学官連携」の主役は誰?

 不況風が吹き始めた頃から、やたら「ベンチャー」の声が高くなってきた。時同じくして「ビジネスモデル」「キャピタル」「エンジェル」「インキュベーター」「ソリューション」などの横文字も盛んに使われるようになった。そのくせ一方では、日本はベンチャーが育ちにくい土壌であるとの評価も根強く、実際に目立って成功したベンチャーはほとんどない、といった有様。このほか、今まで何度も耳にしては消えていった言葉に「産学官連携」「産学共同」があるが、名古屋大学の野依氏が化学ノーベル賞を受賞したことを機に再びその機運が盛り上がってきたようだ。11月24日の読売新聞社説に、「産学官連携」―大学発ベンチャーは時代の要請―とのタイトルで小文が掲載された。冒頭に「将来の新産業の芽を育てる努力を怠っては、日本経済の未来を開けない」とあり、次いで「知的成果が集積する大学や公的研究機関にその芽を求め、効果的に民間に移転する産学官連携の必要性が叫ばれている」とある。

 最初の主張にはまったく同感であるが、続くフレーズには安易に同意できない。確かに、日本の研究者のおよそ36%が大学に在籍し、日本を代表する新しい技術の61%が大学で発明されている、との報告はある。そして、そういった技術が実用化されずに研究室の片隅に埋もれているというもったいない事実も十分推察できる。そこで、「技術移転」なる発想が生まれることになった。日本では、1998年8月1日に大学等技術移転促進法が施行され、大学が研究成果を特許として権利化し、民間企業に移転していく動きを支援することが制度化されたというから、このあたりから「技術移転」の言葉が市民権を得たのだろうと思う。同社説によれば、結局この法律による成果はなかった、とあり、しかし、技術移転による産学官連携は必要なことだから、もっと推進されなければならない、というのが趣旨である。私が安易に同意できないというのは、「技術移転」の概念は認めるものの、それはそれ、産学官連携の主役や主導者が常に大学にあるとは思えない点である。現に、産学間のコーディネート役を積極的に行っているリクルートによれば、大学側の言い分として「アメリカでの技術移転の現状はよく聞いており、自分の技術も広く役立てたい。しかしそのために企業と交渉や金銭の話をするのは、気が進まない」といったコメントが多かったことを紹介している。このような大学側の、消極的反社会的な姿勢が連携の進まないひとつの要因となっていることは容易に想像できる。同じく企業側も「窓口がわからない」との理由で、今ひとつ腰が引けているのが現状。どっちもどっちだが、母体の経営・運営という大きな責任を持つ企業の方が、より危機感は強いだろう。社説では、「問題の多くは、大学当局の取り組みと国などの支援にかかっているが、大学人の意識改革も求められている」と一応触れてはいるが、「意識改革も」ではなく「意識改革こそが」と修正を求めたいと思う。まして、すべての試みが成功するわけではない。技術の実用化、社会化を目指しながらの度重なる挫折と反省の繰り返しに、果たしてどれだけの大学研究者が耐えうることだろうか。授賞のインタビューで、野依氏は「企業には創造力がない」と一喝していたが、彼はあくまで例外的人材であって、企業のみならず大学側の、連携に対する姿勢や取り組み方についても、決して褒められたものではないと思う。リクルートは、アメリカの例を参考に、この種の連携を進めるには第三者によるコーディネートが必須、との思いから、積極的にその役割を担っているのだという。実にすばらしいことだとは思うが、ここで産学の「学」を中心にしたモノの考え方に固執していては、失礼ながら効果あるコーディネーターは務まらないと思う。主役は、「産」でもあり「学」でもある。大学から企業への技術移転は必要だが、固定化された一方通行によるやりとりを「連携」とは呼ばない。産学の連携は、フラットな関係と研究や企業運営にかける情熱にかかっているのである。

 さて、「官」の役割は何か。ここで抽象的な「規制緩和」を主張するつもりはないが、何しろ、先頃世間を賑わせた京都MKタクシーの名古屋における無料タクシー認可について、中部運輸局は「客の奪い合いにならぬよう、注意して欲しい」とコメントしていたくらいだから、あまりの情けなさに言葉もない。ひとまず「官」には、「邪魔」をしないで欲しいと願うばかりである。

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