医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Production著作/論文

コラム「がんについて」コラム「がんについて」の連載。

6月5日 「がん」について 29
女性にもあった前立腺

 以前、前立腺がんに触れたとき、頭からそれは男性にしか存在しないものと決めつけていた。
 しかし驚くべきことに、女性にも前立腺があることを知った。少しも目新しい発見ではないことが更に意外であった。
 何と17世紀にオランダ人組織学者によって初めてその名を与えられていたのだ。
 改めて前立腺の定義を調べると「膀胱の出口にあり、尿道を取り囲んでいるクルミ大の器官。男性だけにあり、精液の成分のひとつである前立腺液を分泌する」「男性生殖器の一部」「男性にできる泌尿器生殖器系のがん」などの記述がある。ほとんど「男性だけの組織」という印象を与えるものばかりである。
 女性の前立腺の定義は、とみると、まずそのありかは「尿道平滑筋層内」で「全周にわたって尿道を取り囲み、全く男性と同様の組織から構成される」とあり、さらにその分泌液には、前立腺がんの検診に用いられるマーカー「PSA」も含まれるとのこと。
 したがって、性犯罪により下着に付着した体液を精液と断定する際には、女性の分泌液にも含まれる「PSA」だけを目安にしたのではだめで、特に絞殺死体では無呼吸状態の結果局所の平滑筋群弛緩により多量の分泌液が排泄されることから注意を要するのだという。科学捜査研究所に確認すると、下着に付着した体液を精液と判定するためには、精子の有無を調べる。
 女性の前立腺について問うと、明確な断定があるわけではないが、それらしい分泌液を検出することがまれにあるのだという。が、それは極く少量であり、ほとんどは精子の確認で事足りるらしい。
 知人の監察医は、女性の膣がんは組織学的にいえば扁平上皮がんだが、極くたまに腺がんを経験することがあり、女性前立腺の存在は解剖学的にいえば十分あり得るし、ヒトは発生学的には性差なきところからスタートするので、組織学的にみて女性に男性組織が、またはそれとは逆の事象がみられることもないではない、と述べている。
 ヒトを細胞レベルでみていくと、臨床的見解とはまた異なった観点が出てきて面白いと思う。
 「この世には男と女しかいない」といいつつも、男らしい女や女らしい男、半陰半陽、両性具有、性同一性障害、表現や定義は様々でも結局は程度の差があるだけで、それほど明確に分けられないのかもしれない。
 現にインドでは、男でもなく女でもない、第三の性を生きる「ヒジュラ」と呼ばれる人々がある。
 彼らは独自のジェンダー意識を持ち、家族のような共同体を形成し、シャーマンのごとく社会的に制度化された役割を持っている。
 希少な人々を見ると、すぐに異質なものとしてとらえてしまいがちだが、多数派が正常といい切ることもできない。安易な価値観は禁物だと教えられたような気がする。

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