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11月20日~12月4日掲載 「本質的な議論」の落とし穴

「本質的な議論」の落とし穴

 たびたびこの欄で取り上げる救急医療について、である。救急救命士が、気管チューブを用いて気道確保を行う是非に関する議論を受けて書かれた川崎医科大学救命救急センター部長である小濱啓次氏の提言を目にした。「救急医療、本質的な議論を」のタイトルによる、10月31日付読売新聞論点の記事である。小濱氏は、本来違法行為であるはずの救命士による気道確保について、一部間違った検証結果が流布されたことをあげているほか、充分な教育を受けた救命士が完全な医学的管理に置かれた状況下で活動しているアメリカや、医師と救命士がドクターカーやドクターヘリに同乗し救命率を上げている海外での例を示している。その上で、医師が一刻もはやく出動できる体制を整えることが重要で、そうなれば医師との協力で救命士の技術や知識が向上することを期待する。そして、救命士の気管内チューブの是非を問うのではなく、あくまで「本質的議論」が必要であることを説き、救急医療のあるべき姿を論じるよう結論づけている。
 この「本質的議論」とは誠に便利な言葉である。なぜなら枝葉のところでの議論に始終することなく、大局的な姿勢で根本的解決を目指すことを意味しており、「いかにも」という印象を与えることに成功するからだ。言った者勝ちで、何だか頭が良さそうに見えてくる代物だ。「本質的議論」を持ち出されたら、なかなか反論は難しい。何しろ、「大局的」対「非大局的」、あるいは「格調高い議論」対「現実的で泥臭い議論」といった図式であるから、「本質的議論」といわれると「むむむ…」と唸って黙るしかない。小濱氏の意見も、基本的に間違っているわけではないし、なるほどと思わせるような論調でまとめられている。しかし「本質的議論」では解決に至らないこともたくさんあるのだ。救命士がなぜ違法行為である気管チューブを手がけざるを得なかったのか。それは指示を受けるべき医師が不在であり、いちいち指示を受けていては蘇生に間に合わなかったからである。目の前にいる患者を何とか助けようと必死だったからでもある。この「必死さ」は、医療従事者が本来持つべき大切な感情である。なぜ医師がいないのかといえば、医師数が絶対的に不足しているためだ。特に救急医療に関する専門医はまったく足りておらず、医学部出たての研修医が救急病院の当直をせざるを得ない状況だって当たり前のようにして生まれている。しかし、たとえ新人であっても気管チューブの経験がなくても、「医師」だからという理由でその存在を絶対化するところから矛盾が生じるのである。数が不足しているのに、何でも医師の監督下で、と強調するために、つまり形に捕らわれるためにドクターカーやドクターヘリの運用ができないのであり、これは救命士の問題ではなく、医療全体の、医師教育の、医師の専門性やチーム医療の問題になってきてしまう。だからこそ、「本質的な議論を」というのであろうが、それをやっていたら何10年待っても解決はしない。
 本質的議論とは何かが具体的に示されていないことがよくあるが、この場合も同じで、結局単に問題を先送りしているだけという印象を与えてしまっている。氏は、その間にどんどん患者は死んでいくという事実を最も重く受けとめなければならない立場にあるはずだ。指摘のとおり、救命士という職種ができたのは、救急患者の救命率が欧米に比べ極端に低いからであり、その改善のためには搬送途中での救命処置が不可欠であった。だからこそ救急救命士法と救命士が登場したのである。そこまではいい。しかしそこに「医師の指示のもとで」の縛りを加えたがために、やはり救命率はあがらないのだ。指示できるだけの技量を持つ医師が不足している現実の犠牲となって、救急患者は死んでいくのである。使命に燃えた救命士から見れば、救急医療に理解ある医師はほんのわずか、患者のたらい回しから始まり、見込みがないと分かるや「こりゃ駄目だ、さっさと救急車から降ろせ」などと家族の前で暴言を吐き、騒ぎになった医師もある。医師の指示を待つまでもなく、救命士に対し気管チューブができる技術を身につけるべく教育をすることが最優先だと思う。救命士を現場から病院の間における最も勝れた救急医療のエキスパートに育成できるよう研修体制を整えることが、現実的でわかりやすい方法である。そしてこのエキスパートを随時検証できるシステムを同時に構築することも同様に重要だ。(このエキスパートの検証ということが医療のなかではほとんどやられていない)医師が万能だとの思い込みや医師以外の専門職への低い認知度、現場の状況認識の薄さが氏の論調には見え隠れしている。救急医療のあるべき姿に固執するあまり、結果として机上に導き出された「本質的な議論」では、この場合何の解決にもならないことを真剣に肝に銘じて欲しいものだと思う。

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