医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

10月4日~10月25日掲載
「保護」と「隔離」の違い

 以前に、医師も事務員も女性で構成される「女性専用外来」を取り上げたことがあったが、最近は、さらに女性専用を売り物にする試みが増えてきている。まず、昨年3月に東京の私鉄が、7月にはJR東日本の埼京線が女性専用車両を導入、今年に入ってJR西日本が後に続いた。両者が比較的好評だったのを受け、今年10月からは名古屋市地下鉄がJR西日本同様に朝のラッシュ時のみ女性専用車両を取り入れた。ユーリーグ社の会員向け雑誌「いきいき」10月号で、「女性専用は本当に必要ですか」の特集が組まれている。それを読むと上野発青森行きの寝台特急列車「あけぼの」には女性専用車両があり、比較的古くから人気があったとのこと。さらに同雑誌は、国土交通省による「女性専用車両の導入についてどう思うか」のアンケートを紹介している。女性専用車両に「賛成」が女で50.3%、男39.8%、「どちらかというと賛成」が女27.0%、男26.2%である。明確に「反対」と答えた者は女で2.2%、男で7.9%であった。女性専用車両を設けたのは痴漢を防止するためであるという。確かに都会のラッシュは経験したものでないとわからない。身動きひとつできない中で、ほとんど終点に到着するまで痴漢の悪行に耐えねばならなかったケースも耳にする。

 面白いことにJR西日本広報室係によれば、女性からはもちろん好評の声があがっているが、男性からも痴漢に間違われないですむからありがたいといった賛成意見があるという。痴漢に間違われた男性からの訴訟が増えてきている昨今、さもありなんと、妙におかしかった。しかし、やはり私には違和感がある。実際に、女性専用車のある車両をよく利用するのだが、あいにく専用車両ではない隣の車両のほうが降りたときに都合がよいのだ。したがって、いつも隣の混合(?)車両に乗り込む。身動きできないほど混むのは1~2区間程度なので、幸い痴漢にもあわずに済んでいる。最初、せっかくの専用車両を利用しないのは、痴漢に遭遇しても構わない人種とみなされるのではないか、車掌に叱られるのではないか、と案じたのだが、見れば、私同様に女性専用車両を利用しない女性客もそこそこあってホッとしている。「便利なもの」とは、概ね「あってもいいが、なくてもいい」ものが多いはず、携帯電話はその代表で、その種のものに振り回されるのはあまり賢い行動とは思えない。当然女性ばかりで、しかも空いている女性専用車両を横目に、もし老人や妊婦や身体に障害のある人々が皆、それぞれの専用車両を要望したらどうなるのだろう、とふと思った。彼らのために作られた優先(プライマリー)シートはほとんど活用されていないのだから、痴漢防止もいいが、元気な若者に占領される優先シートについてはどう落とし前をつけるのだろうかと、しばし考え込んだ。女性は痴漢防止目的と称して「保護」されている。それに満足の声が多く寄せられ、皮肉にも男性さえもわが身を冤罪から守るために賛成だという。

 エイズの流行が懸念されたとき、患者の受け入れ先がなく診療拒否が続いたために、厚生省は全国にエイズの拠点病院を作った。それにより、エイズ患者を診察する病院が限定され、エイズは「普通の病気」ではなくなってしまった。患者らは保護を求めたのだが、見方を変えればそれは居心地のいい「隔離」状態を作ったことになる。本当は自分達を特別扱いして欲しかっただけなのだ。ハンセン病では、感染を恐れ患者らを「隔離」し、社会から追放した。それがどんな不幸を生み出したかは、ハンセン病をめぐる裁判を見れば明らかである。彼らは「保護」ではなく「隔離」されたことに憤ったのだ。隔離なのに保護と呼ぶ。ときにその逆もある。当人たちがどう思うか、社会の意図がどこにあるかによってどちらにでも解釈できる。女性専用といわれ、無邪気に喜んでいていいものか?自分達が痴漢にあわなければそれでいいのだろうか?優先シートはどうなる?目の前に他の車両よりはるかに空いている女性専用車両が走る。化粧に余念のない者あり、安心して爆睡する者もいる。居心地が良すぎて、朝からどうにも緊張感がない。あなたたちは過剰に保護されているの?、それとも隔離されているの?と、思わず問いかけたくなってしまう情景を、繰り返し眺める破目になってしまった。

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