医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

5月28日~6月25日掲載
呼び名に関する一考察

 まず、例の北朝鮮からの亡命五人家族の報道から。外務省の対応云々はさておき、今回一家は無事にマニラ経由で韓国に到着したが、このあたりから5人家族を「ハンミちゃん一家」と呼ぶTV放送が耳につくようになった。ハンミちゃんとは、家族のなかで最少年齢の2歳の女の子、最初のビデオでもみ合う大人たちのかたわら、べそをかいていた姿が印象に残った。しかし何も一家の呼び名としてその女の子の名前を冒頭につけ、「ハンミちゃん一家」とするのはいかにも落ち着きが悪い。「キムさん一家」、あるいは「北朝鮮一家」でいいではないか。思い過ごしといわれればそれまでだが、そう呼ぶことで子供の存在を過度に強調し、観ているものの情に訴え「可哀想な一家」「いたいけな家族」という固定観念を生むことにつながっている。今回の事件を甘いオブラートで包み込み、これで終わりにしたいのではないか?「あらまぁ、あんな小さな子が巻き込まれて可哀想」「ハンミちゃん、韓国行けてよかったねー」と、何が可哀想で何がよかったのかよくわからないのに、そう言ってはしゃぐ人々が目に浮かぶ。意味を持たない「ちゃん」づけ呼び名は辞めて欲しいものだと思う。

 少し前、若貴兄弟力士が絶好調で相撲人気が全盛だったころ、やはり貴乃花を「弟」、若乃花を「おにいちゃん」と呼ぶのが気になった。美しい兄弟愛、華々しい相撲一家、バンザイ世襲制―といった抽象的なイメージをからめた、相互依存の濃い呼び名には気持ちが冷めた。同時期、好成績をあげていた外人力士たちの扱いは冷たかった。言葉も文化も異なる国でその国の国技に励む彼らへの正当な評価はなされていなかったに等しい。他の部屋の力士もしかり。まるで若貴力士が「ヒーロー」で、対外人やその他の力士は「悪者」という構図であった。今の相撲人気の低迷は、その頃の「おにいちゃん」報道と観客の安易な同調に端を発していると、私はずっと信じてきた。

 さて、最後は病院内でのこと。近頃外来患者や入院患者を「様」付けで呼ぶところが増えている。これは、医療制度改革が進むなか、病院にも競争原理が働き始めたために、「患者様はお客様」との意識が職員にも求められるようになったためだ。まずは「形」からとばかり、一部病院や老人保健施設で患者や入所者を「○○様」と呼ぶ傾向が目につくようになった。これも気持ちが悪いではないか。「○○さん」で十分だろう。しかも「○○様」と呼ぶのは看護師や技師、事務員などであり、同じ職員なのに医者はそう呼ばないところが多い。つまり、ほとんどの人が患者を「様」付けで呼んでも、医者だけは患者をそう言わない。しかし相変わらず医者は「先生」と皆から呼ばれ、身内の人間からも敬語を使われている、というわけだ。やはり一番大事なのは(患者ではなく)医者なのですね、と嫌味のひとつもいいたくなるではないか。患者を「客」だと思う気持ちがいまだ希薄で、形だけ整えようとするからこういったチグハグな現象が生まれる。名前はすべて「さん」付けで呼ぶのが一番、最も自然でわかりやすい。呼び名というのは結構恐い。時として、そのひとの潜在意識や価値観をくっきりと浮かび上がらせる。肩書きや職業に妙なランク付けや偏見があると、それが見え隠れすることもあるのだ。特定の会社やそれに属する人々を「業者」と呼ぶのはその最たる例だろう。「呼び名」がもたらす暗黙の同調や迎合。それは、自分でも気付かない自分自身の「心のねじれ」が引き起こしているのだと思う。

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