医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

5月21日~5月27日掲載
政府発表の「景気判断」は何のため?

 妙な表現だと以前から感じてはいたが、先日、新聞の一面を飾ったニュースはまたしても大いなる違和感を与えてくれた。「景気底入れ」のいうのがそれ。もちろん、これはれっきとした経済用語らしく、広辞苑を引くと「相場が下がり続けて、それ以上に下がる見込みのなくなったこと」とあるから、つまりはこれ以上景気が悪くなる可能性はありませんよ、という意味なのだろう。表現に対する違和感は、それが専門用語で、一般人には馴染みがないためだったのか。でも、誰もそんなこと信じてはいない。現に、今回の政府の底入れ宣言に対する反応は冷たいものばかり。半分官庁みたいなNTTだって「設備投資はもうムリ」と悲鳴をあげているし、大手電機は「足元が見通せない異常な状況」といい、日立製作所は「当分本格回復は見込めない」と根をあげているありさま。いったいどこが「景気底入れ」なの?と疑問に思うのは当然のことだろう。

 それにしても景気に関する政府の一連の表現ときたら、これはもうお笑いの世界だ。ちなみに過去の景気判断をどのように表現してきたか、ざっと並べてみよう。2001年3月「改善に足踏みが見られる」(要は、改善が進まないってことでしょうが、これって日本語なの?)同年4月「弱含んでいる」("弱含む"というのも専門用語?、少なくとも広辞林には載っていない。でもこれ、やはり悪いという意味なのでしょう)同年5月「さらに弱含んでいる」(もっと悪くなったっていうことでしょうが…)同年6月「悪化しつつある」(ようやく"悪"という言葉がでてきたけど、でもずっと悪化していて、別にここにきて初めて悪化したわけじゃない)同年7月「悪化しつつある」、8月と9月は「さらに悪化している」(この時期、失業率が4%を超えたことがニュースとなったから、あまりに乖離した表現ではごまかしが利かなくなったらしい)同年10月「引き続き悪化している」、11月「一段と悪化している」(もうこれはどうしようもないってことでしょう)年明けて2002年2月「悪化を続けている」(何だか他人事みたいな表現になっている)、同年3月「依然厳しい状況にあるが、一部に下げ止まりの兆しが見られる」(えっ、ホント?何で?、悪化するばかりだったのがもしかしたら明るい光りが見えてきたってことだろうが、そんな実感はない)、同年4月「依然厳しい状況にあるが、底入れに向けた動きがみられる」(あ、そう?でも失業率は5%をとっくに超えた)、そして今回5月「依然厳しい状況にあるが底入れしている」と来た。何だかウジウジめそめそしていて、回りくどくわかりづらい。以前経済企画庁長官に就いていた堺屋太一氏が、職を離れて以後官僚たちの批判をしきりにやっているが、長官時代はやはり煮え切らない景気判断に始終していた。どうやら「悪い悪い」とばかり本当のことをずばりと言い切ると国民が落胆するから、あえて曖昧な表現にとどめているという話を聞いたことがあるが、それにしてもこれはあまりに現実離れしてはいないか?それとも政治家や役人たちは、本当は不景気を実感していないのだろうか?相場だけでは景気判断はできないから、失業率や倒産件数、企業の設備投資、GDP伸び率などの経済指標を参考にすることが必要なのは素人の私にもわかる自明の理。だが、こういった指標がすべて現実を反映しているかどうかは疑わしい。

 実際、失業率が5%台というのは明らかに縮小解釈で、本当はとっくに10%超えている、といわれて久しいが、このような事実を政治家は分かっているのだろうか?バブル時代が再びやって来ることはないだろう。景気がバーンと回復することも望めない。それでも大部分の人は、随分いい暮らしをしているし、これは国際比較においても明らかなこと、「黄金不況」などと海外では言われているらしいが、この方がよほど分かりやすい表現であり、自国のことしか考えない日本にあってさすがにぐさりと胸が痛む。真実をきちんと述べ、少子高齢化に向け皆が慎ましやかな生き方を模索する時代になった、とでもはっきり言ってもらったほうがずっと気持ちがいい。一番「動く景気」に敏感なのはタクシーの運転手だという。どのくらい不景気で、本当はどこが儲かっているのか、いまだにタクシーチケットをばら撒いているのはどの分野か、なんて面白い話も聞くことができる。国会議事堂の赤い絨毯のクリーニング代はざっと2億円、今でも一年に一回はちゃんと行われている。そんなところがお仕事場である議員や役人らも、時々はタクシーに乗り、現実的でシビアな運転手の意見に耳を傾ける機会を作ったらいかがでしょう。もちろん、自費で、お願いします。

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