医学博士・医学ジャーナリスト
オフィシャルサイト
植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Otherその他活動

コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

8月21日~8月28日掲載
インターネットやITにだまされるな

 日医総研(日本医師会総合政策研究機構)が、日米におけるe-Health(インターネット医療)の現状と将来展望に関する報告書をまとめた。この報告書は、e-Health分野で先行しているアメリカの状況分析をしたうえで、日本におけるインターネット医療の進むべき方向を探ることを目的にした研究結果であるという。その中で、成功の可能性が高いインターネット医療事業について具体的に非収益事業と収益事業とに分けて提言がなされている。つまり、インターネット事業の中で、儲かるものとそうでないものとを区分し、さらに今後インターネット医療を伸ばすため、医療情報のデジタル化などの課題に触れているものである。あげられている非収益事業としては、「優良な医療コンテンツの提供」「オンライン医療相談サービス」「医療機関検索サービス」があり、逆に今後収益が見込まれる事業の具体例としては「電子カルテに結びついた医療情報コンテンツを提供する診療支援システム」や「処方箋発行とレセプト処理を結びつけるコンテンツの提供」が示されている。ここまできて、すでにインターネット医療なるものの限界と失敗が目に見えるような気がした。なぜなら、非収益事業としてあがっているものは、対患者(一般の人々)サービスそのものであり、逆に収益事業の分類に位置しているのは、事業の対象が病院や医者などの専門家であって、肝心な患者はその向こう側にありその姿が見えてこないものばかりだからである。

 しかし、本来は、直接的関係性の深い対患者サービスの充実こそが、インターネット医療に期待されるものではなかったのだろうか?利益があがると評価された「電子カルテに結びついた医療情報コンテンツを提供する診療支援システム」については、以前にこの欄でも触れたことがあるように、電子カルテの普及が患者のメリットに直接寄与しないことや「患者情報の共有化」は、現在の医療保険システムでは難しいことを述べた。

 この報告書では、同システムがインフォームドコンセントに有効であり、医療訴訟を未然に防ぐことができるとして、高く評価されているようだ。インフォームドコンセントは、現在のところ日本では机上の空論に等しい。都会ならまだしも、そうでないところではインフォームドコンセントなど存在しない。今後は、その概念を定着させていかねばならないにしろ、そのために必要なのはインターネット関連のシステムではなく、質の高い人材である。また、「処方箋発行とレセプト処理を結びつけるコンテンツの提供」は、薬を処方する時点で適応禁忌や併用禁忌の医薬品が瞬時にわかり投薬ミスを防ぐことにつながる、とされている。しかし、中には処方時に適量を間違えた、などといったものもあるにしろ、投薬ミスや医療ミスの主な要因は、ちょっとした間違いや勘違いがほとんどである。つまり、患者に薬を手渡すような、患者と接する「人」のうっかりミスに起因している事故が多いということだ。いくらこのようなコンテンツの提供ができたとしても、ミスを完全に防ぐことができないのは、過去の医療ミスの状況を見ても明らかである。アメリカや日本の現状から、インターネットは医療分野にはそぐわない、との報告があってもおかしくはないと思うが、その結論は誰も公に口にしない。

 インターネットやITと言っていれば、なんとなく注目される傾向がいまだ強いのだろう。コンピューターやインターネットは必要であり、現在でも技術は発展し続けている。しかし、これらはあくまでツールのひとつであることに変わりない。インターネット医療の定義そのものがよくわからないが、たとえば技術の発展により、医療従事者に時間的な余裕ができ、その分患者と接したり会話したりする時間と空間が確保できた、といった極く常識的な範囲でしか望めないものではないだろうか。現在、医師たちのボランティア団体や一部の勤務医が、電子メールを使って患者らの質問に答えるという動きが広まりつつあり、これは患者にも医師にとっても好評だと聞いている。しかし、日医総研の報告書の観点にたてば、これこそがまさしく非収益事業だと指摘されるだろう。インターネットやITに振り回されてはいけない。また、医療は流行やブームに翻弄されるものではない。ひとりひとりの人間性と真正面から向き合う地道な姿勢こそが医療を支え育てるのだということは、どんな時代でも同じだと思う。

ページ上部へ