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4月23日 減らない医療過誤11 パイロット桑野氏の提言

パイロット桑野氏の提言

 ベテランパイロットの桑野偕紀氏から見れば、医療の世界は摩訶不思議、人の命を預かる仕事である点は同じなのに、医療の場合、そこで働く人々の健康管理や技術精度の維持システムが全く不備であることを知り、これでは事故が起きないほうがおかしいとまで言わせしめた。
 さらに桑野氏は、次のような厳しい指摘もしている。
 それは医療事故が起きた際の当事者の取り扱いについて、である。例えばヒヤリ・ハット事例を多く報告する医師や看護師への対処を考えてみた場合、事例の検討はするにしろ、人に対する具体的な対応はあやふやである。
 シンポジウムで、ヒヤリ・ハット経験の多い人物に対し「そういう人でもミスをしないようなシステム作りが大事なのでしょうね」と締めくくったある発言者に桑野氏は待ったをかけた。
 つまり、しょっちゅうヒヤリ・ハット事例を報告する人物については、別のチェック方法をつくり、あるレベル以下だと判断されれば、医師として、あるいは看護師としては失格とすべきだというのである。
 ヒヤリ・ハット報告制度というのはあくまで安全情報を提供してもらうためのものであり、誰が報告したかを調べる目的はないので、専門家としての資質を問うには、また違った制度を新しく設定し、そのレベルの妥当性を厳しくチェックすることが大切、との意味である。
 桑野氏の指摘は正論である。だが、その実行がなかなか難しいのも事実だ。
 桑野氏の発言を聞いていた医師や看護師らは、失格の烙印を押すのはその人の生活を考えると安易にはできない話である、と言う。そこに同業者ゆえの甘えがあるといわれても仕方がないかもしれないが、さりとて頭から否定もできない。
 しかし桑野氏は、技術や注意力が未熟な人々が資格を維持して働き続けることは、患者にとっても当事者にとっても気の毒なことであると、さらに自説を強調している。
 これは結構奥の深い議論である。医師などのように一度国家試験を受かったら、その資格は罪でも犯さない限り一生に渡って保障される現状の是非は以前から話題に上っている。
 定期的にその資質をチェックする機構を導入する必要性については、ある程度の賛同が得られるかもしれない。
 問題は、医療過誤というミスによって「失格」の烙印を押されることへの恐怖感だろう。
 失敗や挫折もあるが、その後の再生も認めるアメリカ社会と異なり、いったん貼られた落伍者というラベルにこだわる日本社会に生きる我々は、とかく失敗を恐れる。
 国際感覚に満ちたパイロットを取り巻く環境と、それがない医療分野では、「失敗」や「失格」の概念そのものが違っている。
 ミスを起こした者、罪を犯した者に対する度量のなさが、コトの本質を曖昧にし、結局は医療過誤を冗長させているのだとしたら、話は単に制度やシステムを論じるだけにとどまらないだろう。

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