医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Production著作/論文

コラム「がんについて」コラム「がんについて」の連載。

11月20日 「がん」について 53
がんの痛み2

 人はゲンキンなもので、痛みがあってはじめて組織や臓器の存在を認知する。
 虫歯の痛みは耐えがたいが、それがなければ歯科医に行こうとはしない。そう考えれば、痛みは有難く、何か悪いものが体内のどこかに巣くっていることを教えてくれるセンサーの役割を持っている。
 しかし、がんの痛みというときには状態が「末期」であることを意味する。がんの早期では、がんの存在はほとんど意識の中にないが、進行してがん細胞が大きくなったり他の臓器に転移したりすれば、その痛みはどんどん増強する。
 ある人は、がん治療中の患者の50%、進行期・末期がん患者の70%に痛みが発生し、その多くは持続性で、痛みの80%は中程度から耐え難いほどの強い痛みである、と述べている。
 がんは、痛みの観点からも早期に発見するに越したことはない。
 解釈論に酔って「がんもどき」なる根拠ない自説を述べ一般国民を翻弄する者があるが、実に無責任といわざるを得ない。
 なぜ、がんは痛いのか。
 基本的に「痛い」と感じるのは、体の組織に強い刺激が与えられたときに、人間の脳が不快な感覚にさらされるからである。
 皮膚や体内の組織にはこのような刺激を感知する点が多くあり、これは神経線維の末端部でもある。受けた刺激の情報は神経線維によってまず脊椎に、ついでに大脳に届けられ「痛み」として解釈され、同時にどこでなぜ起こった痛みなのかも瞬時に判断する。
 「痛い」と感じているのは私たちの「大脳」なのだ。神経線維には、刺激の情報を素早く伝えるものとゆっくり伝えるものとがあり、前者は急激な鋭い痛みとして、後者は鈍くうずくような痛みとして長時間続くものである。
 がんになると、がん細胞により周囲の組織にある神経線維末端部が強い刺激を受けることになる。あるいはがんが大きくなって腸管や胆管などの管を塞いでしまったり、がんが神経そのものを圧迫したりすることにより、結果として強烈な痛みが私たちを襲うことになる。
 疼痛を和らげる治療のマニュアルに、WHO(世界保健機構)方式というのがある。1984年、「2000年までに全てのがん患者を痛みから解放する」ことを目標にWHOが発表した「WHOがん疼痛治療指針」に従ったペイン・コントロール法である。
 これは、誰もが(どの科の医師も)できるがん疼痛治療法を普及させることを狙いとし、根拠のない恐怖感を抱きやすい「モルヒネ」の効果的な使用を認めた点に意義がある。
 この指針に従った薬物投与によって、がん患者の痛みの80%は和らげられた、との報告もあり、中毒になるのではないか、そのうち効き目がなくなるのではないか、などのモルヒネに対する誤解を解くことにもつながった。
 しかし、このマニュアルに添った治療を行っても痛みを訴える患者は依然としてある。
 そこには、体の生理の仕組みを知るだけでは解けない「こころ」の問題が潜んでいるのだ。

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