医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Production著作/論文

コラム「がんについて」コラム「がんについて」の連載。

5月22日 「がん」について 27
“食道がん”と“食堂”

 ある医学雑誌に「胃・食堂・大腸」とあった。「食堂」は、明らかな入力ミス。食べ物が通過するところだから「食堂」でもいいかと思ったわけでもないだろうが、しばらくの間訂正されずに「食堂」のままになっていた。
 20年近く前の病院では、入院患者で多かったのはやはり胃や肝臓、大腸であった。「食道がん」というのはすごく珍しかった。その頃から、食道がんはやっかいながん、というイメージがあったが、残念ながら現状にあまり変化はない。
 1997年のデータでは、約1万1千人が食道がんになり、同じ年の食道がん死亡者数は96、000人であった。生存できた人はものすごく少ない。
 これは、食道がんの早期発見が難しいことが大きな要因である。
 食道は、咽頭(いんとう)と胃をつなぐ全長約30cmの管であり、頚部~胸部~腹部にかけて縦長にまたがっている。胸部食道の後ろには大動脈が走り、前には器官がある。さらに周囲には多数の血管とリンパ管が多く分布している。
 食道そのものは単純な形をした管であるが、取り巻く周囲組織が何とも複雑である。血管やリンパが多いということは、転移もおこりやすいことを意味している。
 食道がんの自覚症状は、「嚥下困難」。すなわち、食べ物が飲みこみにくくなることである。さらにがんが進むと、声がかすれる、咳が出る、のどの痛み、背部痛、圧迫感、食欲不振などが出現する。
 しかし、嚥下困難を感じる頃には、すでにがんが周囲に広がっていることが多く、そうなると治療も困難である。
 ある大学病院の外科医が、某雑誌で「食道がんに関しては、かなり進行してから初めて受診する人が多いのが残念。なんとかもっと早く来てもらえないものでしょうか」とコメントしていたが、こういう実態ではそれこそ難しい。
 早目に病院を訪れるだけの動機づけ(自覚症状)が乏しいのだから、どうしようもないではないか。20年前にも、内視鏡で胃の検査をするときに偶然に食道がんが見つかった例をよく耳にしたが、最近も同様の傾向にある。
 そこでひと工夫。再検査のときには、食道の内壁にヨード液を吹きつけてがんを見やすくする「色素内視鏡」が行われるようになった。色素によって、がんが白く残って見えるので見つけやすい、というわけである。
 食道がんは、タバコやお酒、熱い食べ物や刺激物の多量摂取によって誘発される。近頃日本ではダイエットに唐辛子が効くといわれ、唐辛子を持ち歩く女性も現われるようになった。
 また、韓国に行ったときにガイドさんから聞いた話では、10年前まで日本人はキムチなど辛いものが食べられなくて、レストランをセッティングするのもすごく困ったけど、今はもう平気になった、これはガイドとしてとても助かる、とのことだった。
 喫煙率も相変わらず高いままの日本では、食道がんはさらに増えそうな気配である。

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