医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Production著作/論文

コラム「がんについて」コラム「がんについて」の連載。

1月30日 「がん」について 12
がんを公表すること

 タレントの向井亜紀さんが、子宮がんであることを涙ながらに公表した。
妊娠が発覚してからはじめてその事実を知ったという。残念なことに子供はあきらめなければならなかったが、小さな命に自分が助けられたと思うと話していた。
 二度と会うことのない我が子に感謝の気持ちでいっぱいだとも語っていた。
 がんは、10年~20年以上前までは口に出すのもはばかられる病気だった。ただ恐ろしいだけの、不吉な言葉でもあった。
 信じられないことだが、例えば「がん検診を受けましょう」の案内文書やポスターについて、「がん」の文字は使ってくれるなという声があった。
 もっと不思議なことに、会社のがん検診を受けたが、その結果は知らせて欲しくないと希望する人もあった。
 それが、ここ数年の間にがんを取り巻く情勢は格段に変わった。
 まず、がんを取り上げるテレビ番組が増えた。
 あるときはドキュメンタリータッチで、あるときは実話をモデルにしたドラマ仕立てで、マスメディアは主に視覚的に訴えることでがんへの理解を深めることに成功した。
 また、芸能人がみずからがんであることを、これもテレビを通じて告白するようになった。

 アナウンサーの逸見政孝さん、タレントの堀江しのぶさん、俳優の渡哲也さんや黒沢年男さん、女優の仁科明子さんに塩沢ときさん、三田佳子さん...。

 中にはすでにがんのために命を亡くした方もあるが、いわば彼らはみずからがんを公表することで、国民のがんに対する偏見をなくしてくれたのである。
 がんに限らず自分の病気について、必要もないのに話すことは誰も求めてはいないが、普段からテレビという媒体を通じて国民にその顔や暮らしぶりを知られている人々は、がんをあからさまに告白することさえも使命と考えたのかもしれない。
 それは、専門家が検診の必要性を訴えたり、がんは早期発見できれば治る病気なのだ、と声を大にして言うことよりも何倍も効果があるのだ。
 「がん家系」というのも抵抗なく口にできるようになった。
 もともと日本人は、「家系」とか「血筋」とかにこだわりが強い。全体的に病気を隠したがる傾向があるのも、それらを重んじる文化を持っているからだろう。
 がんの人がいれば「家系にキズがつく」などという人も珍しくなかった。それが最近では「自分はがん家系だ」と言ったとしても誰からも責められない。

 遺伝子の研究は世界中で盛んだが、一方で「遺伝」と「遺伝子」を混同しやすく、かつ「遺伝」、つまり「家系」に関することが明かになるのを嫌う日本では、遺伝子の研究がアメリカに比べて自分遅れているという。
 しかし、多くの人々の勇気ある行動によって少しつづでも認識は変化してきていることを思えば、その「遅れ」は致し方ないのだと思う。
 むしろ、がんであることを公表し、がんと闘ったり受け入れたりする様を見せてくれた人々のことを、あっさりと忘れていくことの方がずっと悪いことのように感じている。

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