医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
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コラム「がんについて」コラム「がんについて」の連載。

1月23日 「がん」について 11
大腸がんと遺伝子

 がんは、遺伝子にキズがつくことで、つまり遺伝子の変異によってできる。
 しかし、そのメカニズムは複雑で、がんの発生や成長に関係するのは単一の遺伝子ではなく、複数の遺伝子の関与がある。アメリカのボーゲルシュタイン博士は、大腸がんと遺伝子の関連性についていち早く仮説を立て検証した。

 彼によれば、大腸がんは一気に正常細胞からがん細胞に変化するわけではないとしながら、あるがんはポリープを経てがん化するが、あるものはポリープとは関係なく発生すると述べており、最近は後者のがん、いわゆる「デノボがん」の増加が目立っているという。がんは、外部から進入してくる「敵」ではなく、正常細胞から変化した、いわば「身内の反乱」である。年齢などの個人差も大きいが、一般に正常細胞からがん細胞への変化に要する時間は数年にもわたる場合がある。
 肉眼でがんが発見できる大きさになるまでには、「年」という時間単位が必要ともいわれている。がんの発生をじっと観察するわけにはいかないために、どんなふうにして正常細胞からがん細胞へと変化するのかを実測することはできない。

 しかし、一見ポリープなのに、なかにがん細胞ができているケースが多いために、ポリープからのがんの発生を疑うことは極く自然であった。「デノボがん」は、その期待を裏切るものであり、どう見てもポリープの痕跡のないがんである。
 遺伝子の変異はなぜ起こるのか。老化以外の原因としては偏った肉食であり、便秘であり、少ない食物繊維摂取であったりする。あるいは、タバコやアルコールの摂取も関係する。このことは、以前にも何度か触れている。

 顔にも「相」、つまり顔つきの様子があるように、腸にも「腸相」があることを説いたのがアメリカの大学教授である新谷氏である。彼によると、肉食の習慣の長いアメリカ人の腸は、堅くて短く、結腸ひだが多く、宿便が残っている「悪い相」であるのに比べ、日本人の腸は柔らかく長く結腸ひだの少ない「いい相」であったという。
 しかし、最近の日本人の腸相は、どんどんアメリカ人の悪い腸の相に近づきつつあるらしい。「悪い腸相」は、遺伝子変異のきっかけを作りやすい土壌である。
 何しろ新谷氏は、30年間に25万人以上の腸を内視鏡で見てきたというのだから、その説には説得力がある。人の腸を観察する機会はめったに得られないが、おそらく若い人ほど腸の相はアメリカ人並になってきているだろう。
 人相というものがなかなか変わらないことを考えると、この「腸相」もそう簡単には変わっていかないと思われるが、例えば食生活を従来の和食中心に切り替えたとしたら、どれくらいの時間を経て腸相が良くなるのだろうか。
 もしそういう目安があれば、食習慣を変えることも楽しみになってくるかもしれない。

 いずれにしろ、遺伝子と食習慣を含めた生活習慣の関連性についてはまだまだこれからのテーマであり、その解明はがんの予防行動への効果的な後押しとなるだろう。

≪ボーゲルシュタインの多段階発がん説≫
●ポリープからの発がん 正常粘膜細胞→ポリープ→異型腺腫→大腸がん→転移
●デノボがん 正常粘膜細胞----------→大腸がん

*すべての段階において、APC遺伝子、K-ラス遺伝子、P53遺伝子、PC遺伝子、MCC遺伝子などの変異がきっかけとなって進展していく。

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